Opening talk


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トーク抄録

藤本由紀夫
phono/graph展

今回 phono/graph というタイトルで僕を含む5組のクリエーターと発表をしたわけですけれども、実は2001年に「四次元の読書」という個展をCCGAで開催した経緯があります。マルチメディアという考えのもとに、視覚だけではない読書というものを多角的に捉えようとしました。それから10年経って、去年あたりからの流れは、紙というものが無くなるかもしれないという状況が現実的になってきた。そういう中でもう一度書物を考えられないかと思って、今回の展覧会を企画したわけです。

 phono/graph という音にかかわるテーマを取り上げた契機が3つあります。
 ひとつは、1970年に稲垣足穂という小説家がラジオに出ると新聞で知って、テープレコーダーで録音したわけです。当時、足穂にはまっていまして、繊細な小説家のイメージがあったのですが、ものすごいダミ声の関西弁の早口でびっくりしました。このインタヴューは後に出版されましたが、文字だとあっさりとしています。音を正確に文字にすること、graphすることは不可能ではないかという考えが浮んだ最初の強烈な体験です。
 もうひとつは、マルセル・デュシャンが1957年に、アートについて講演をしたときの文字原稿を自身が朗読したものが録音されていて、CDになった。それを聞いたんですが、しゃべり方の独特のリズムが気になった。「あ、これ音楽だ」と思ったので、CDをかけながら、卓上にあったキーボードのリズムボックスを鳴らして勝手に和音の伴奏を付けてみました。そうしたらリズムに合わせて、みごとにデュシャンが歌い出したんです。こうやって聞くと、彼はそれほど難解なことを言っているのではないことが感じられます。声の力って強いなと感じました。
 3つ目もやはりデュシャン。彼が言うところの半レディメイド(既製品に少し手を加えている作品)に「with hidden noise(隠された音に)」があります。荷造り用麻縄の巻き玉を2枚の真鍮の板の間に入れ、4本のボルトでネジ止めした作品です。巻き玉のなかには、本人も知らない何かが入っている。この作品は振って音を出さないと意味がないと僕は思う。音が聞えて初めて存在がわかるわけです。これも「目に見えない」ということを記録しようとする彼のひとつの挑戦の現れでしょう。彼は網膜に映る像を記録する絵画を非難しています。絵画は知性で描くのだと言っています。
 デザインの分野では「視覚」が絶対的で、聴覚について考慮することはほとんど無いと思うのですが、僕は逆に目よりも耳の方が多くの情報を受け止めたり、操作したりしているのではないかと思います。それは哲学者であるヴィトゲンシュタインの言う、「自分の目の前にあるものを見るというのは、なんと難しいことだろう」ということでもありますね。見るというのは、自分から距離を離さないといけない。しかも視野が限られているので全てを見ることができない。それに対して、寺田寅彦もいうように耳を閉じることはできない、いつも受け入れなければならない。目と違って前後左右360度、全部の音を聴いている。この違いは大きい。
 マクルーハンは20世紀が電子メディアになっていって、社会生活や思考、表現がまったく変わると言ったわけですが、要は聴覚機能を取り戻せということ。我々の生活の中における情報空間は、もともとは聴覚がメインだったと言っている。それがひとつは文字がグーテンベルクによって活字化され、目で読む社会になった。もうひとつは、絵画では同じ頃に遠近法が登場したことによって、情報の主役が視覚に変わってしまった。彼はそれを攻撃しているわけです。
 人間には何かを記録しようという本能があって、いろんな記録方法があるわけですが、それはたぶんgraph という言葉になるんだと思う。
 phonographはエジソンが蓄音機に付けた名前です。graphは決して視覚的なものだけを表すものではない。何らかの形で異なるメディアに残そうという、人間の好奇心が生み出すものではないでしょうか。グラフィックデザインの場合は、今までは紙の上にビジュアルで載せていくことが主役だったけれど、紙だけではメディアとして機能していかない時代になっていることを、もう一度我々自身が考え直さなきゃいけないのではないでしょうか。
 タイトルのphono/praphですが、エジソンが発明するより20年くらい前の1860年にフランス人のレオン・スコットという人が既に音を記録していたんです。それがphonautograph。phono-auto-graphで「音を自動的に記録する」装置をつくった。興味深いのはスコットが印刷技師だったことです。エジソンが音の記録及び再生にこだわったのに対し、スコットは、目にみえない音をいかに視覚的に記録するかだけにこだわっていたことが、phono/graphというタイトルを思いついたきっかけです。そういったことも踏まえて、graph を軸にするともっと広がったアプローチができるのではないかと考えて展覧会名にしたわけです。
 メンバーは何の迷いもせずに今回参加して頂いた方たちが浮かびました。そして、私が作品を選ぶのではなく、phono/graph というキーワードを提示したら、今どういう作品が出てくるんだろうということからスタートしました。と同時に、今回参加したニコール・シュミットさんの五分冊の本をみんなに見てもらい、これをもとに展覧会を構成できないかと提案したんです。彼女の「文字と音」という、世界でも例を見ない、音と文字について総合的にまとめた本です。なお、ニコールさんのお父さんは高名なタイポグラファーのヘルムート・シュミットさんです。ヘルムート・シュミットさんも、音と文字について非常に興味深い実験的な取り組みをされています。文字・音・グラフィックという3つの関係の中で、それぞれ、自由に考えてもらって表現をする。それが大きなコンセプトとなりました。
 それで今回も分かったんですけど、やはり紙は滅びない、紙はすごいということ。展覧会にもいろんな形のものが出てきている。それは、会場に来てくれたみなさんも感じてくれていると思うんですね。